忘れてゆく暮らしの感覚、与え合って生きてるのよ。
ほわっと胸中に残る「何か」に導かれて。
今日は仕事終わりに生ビールの中を一杯。年度末までの貯金のために日々、節約してますので、そんなことは滅多にないですよ!ないです、ほんとに。今日は少し特別。このお店、個人店として始めてから、この9月1日で3周年なんですって。お店の前の看板に3周年って書いてあるのが目に留まって、ついつい入ってしまいました。未来のため、一時は立ち去ろうかともおもいましたけれども、「いいか、入っちゃえ」と思ったんです。
だって、3周年なんですもの。割引あるって書いてあるんですもん。こう言うとなんだかケチくさいですが、実をいうと、ここの大将には大変にお世話になった話があるのです。
僕がまだベジタリアンだのヴィーガンだのと宣って暮らしていた頃に、ひとりでこのお店に入りました。でもメニューにはお肉や魚、卵といった動物由来の食材がふんだんに使われていまして、僕はひとりメニューを見ながら「どうしたものか」と悩んで、よし聞こうと思いたって「野菜だけのフライって作れますか?」と聞いてみたんです。そしたら、大将は少しだけ悩んで、いいよと返事をしてくれました。
そして、ひとり、大将の心ある野菜のフライとご飯と味噌汁をいただきました。本当にありがとう、ありがたいって思いました。美味しい気持ち。
なんか、その、なんというか、お礼というか感謝というか、なんとも形容しがたいのですが、返したい「何か」が、ほわっと胸中に残っているのです。今もなお残っているのです。
そんな「何か」に導かれて、お店に導かれたのだと思います。
外食は極力しないとか思っている僕が、お店の前に書かれている「3周年」っていう文字をみてふらっと入って。こんな小柄な男一人が入ったところで大した貢献にもならないのに「いらっしゃい」って、「これサービスだから」っておつまみ3品と魚のあら汁まで出してくれて。生ビールをいただきながら、注文した「豆鯛塩焼」「串揚げ5本セット」も堪能。塩分は高め笑 お店を出るときには「覚えててくれて、わざわざ来てくれてありがとう」って笑って見送ってくれた。
大将と深くまで語り合ったこともないし、バカ笑いした夜もないけれど、あのときもらった「何か」をちゃんと今まで持っていて、それをまた返したい・送りたいと思える自分でよかったと心から思います。
やたらむやみに使うことに僕は魅力を感じないけれど、大切な気持ちや記憶や形容しがたい「何か」に導かれて使うのは、とても魅力的なことなのかもしれません。
そうはいっても、家でひきこもりがちなのですけれど( ; ; )
魚のあら煮、めっちゃおいしい
豆鯛塩焼、とてもおいしい
串揚げ5点セット、やっぱりおいしい、串かわいい
左のやつ、右のやつ、真ん中のやつ、全部おいしい
忘れゆく暮らしの感覚を取り戻したいのです。
仕事はじめたての頃は、パートナーが貸してくれた作り置きおかずの本を3冊またぎ読みしながら、ご飯を作っていました。定期的に食材を買っては仕込んで調理。保存のために無印良品のホーロー保存容器を買ったほど。今では、台所の下の戸棚に空っぽのまま並んでいますが( ; ; )
パートナーがアリエッティに来てくれたときには、ちゃんとその場で作ったり、一緒に作ったり、作り置きおかずを出したりしていました。
でも、なんだかいつしか、外食に行くのがノーマルに、カップラーメン食べるのがノーマルになっていたのです。昨日の夜も、ふたりでカップ麺を食べていました。食べながら、少しだけそのことに不甲斐なく思ったのです。「大丈夫?元気ない?」と聞かれてしまうほど( ; ; )
体に悪いとか、化学的な食べ物だ、ジャンキーだということは分かった上で食べているわけではありますけれども、カップ麺を食べていることや外食に行くことに不甲斐ないと思っているわけではないのです。
「いつから、自分で作ろうとしなくなったんだろう」
ということなのです。
自分のために作る料理へのガサツさ、万人共通。
自分のために作る料理へのガサツさ、これ万人共通。ね。
職場からいただける余りおかずで冷蔵庫パンパン。
僕がいる職場には調理場があって、お昼ご飯も職場内で作っているんですけれど、余ってしまった分は「持って帰る?」という魔法のワードとともに僕の手元にやってくるのです。ご飯、パン、カレー、麻婆豆腐、サラダ、キャベツの肉巻き、おにぎり、どて煮................motto motto^^; それだけで冷蔵庫パンパン。
お米を農家さんから直接買うからとても安いらしくて「もし欲しい時はうちから買うと安いよ」って言われるけれど、毎日もらうから買う必要がないのです。
惣菜めっちゃもらえるから、そもそも作らなくてもいいのよ。
夏になっちゃって虫が会食はじめちゃって、米を炊く気失せてる。
夏になってから虫がすごくたくさん。「ねえねえ、ご飯ある?」といってやってくるわけです。ノックもしなければ、ドアも開けずに、こっそり隙間から律儀に行列をなしてやってくる蟻さん。
それを見た頃から、どうにもご飯を炊く気が失せていて。一人分炊くのも面倒だし、冷凍保存しても解凍するの大変だし、なんか冷蔵庫に入れてても凍るし笑
米は炊いたまま保存したい。そんな季節に早くなって( ; ; )
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そんなわけで作れなくなってきていたのですが、どうにもそれに気づいてしまって。忘れゆく暮らしの感覚を。やっぱり、自分でやらないことは生活力にならない。もう、ほんとそう。ま、僕の場合ですけれど。
カップラーメンを食べる日もあっていいし、外食する日もあっていい。ただ、自分たちで作って食べるっていう暮らしの基本を忘れてしまっていたなあとすごく思います。1ヶ月ぶりにパートナーに会って、久しぶりにこの家に帰ってきてくれて、やっと気づきました。
最後に:僕の中から湧き出た僕のための感情と感性と行動で行こう!
Tverで凪のお暇の7話を見てたんですけれど、自分が心から思うから相手のために何かしようとするゴンさんの思いある言葉を聞いて、ズキュンときました。
そうだよなあって。
忘れてゆく暮らしの感覚を取り戻しながら、自分の中から湧き出た僕のための感情と感性と行動で生きて、いつかもらった「何か」を送れるような生活をしていきたいと思ったのでした。
まとまらないけど、おしまいです笑
ミニレゾ