ミニレゾのミカタ

『ニートのいずみくん』の日記的なログ

大人の言うことを聞こう。

小さい頃によく言われた「大人の言うことは聞きなさい」って言葉。

大人の言うことがすべて正しいわけじゃない。

だからこそ僕は、ちゃんと伝えたいこと言いたいことは言う。

言われたことが違うと思うなら尋ねる。

分からないなら一度はやってみる。でも違和感あるなら尋ねる。

 

それに対して「こいつ、ちゃんと言うこと聞かんな」ってことで飛ばされたよ。

後悔はないけれど、やっぱり、大人の言うことは聞こうと思う。

 

良くも悪くもお手本、色んな人がいるのさ。

その人の世界があるもんさ。

たくさんの人を見れば見るほど、沢山の世界が見えるのかもな。

 

大人の言うことを聞け
決して「言う通りにしろ」じゃない

光っていたら信じて 腐っていたら反面教師
聞いて 流して 信じて 捨てて 良くも悪くもお手本だ
眼鏡拭いても世界は変わんない
まず若造が背筋正して

Nakamura Emi / 大人の言うことを聞け

 

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「あの人ってすごい素敵ですよね」 いいかも。

「いつも、本当にありがとう。」 これもいいかも。

「美味しいご飯をありがとう。」 これもいいね。

「もう少しこうして欲しいのだけれど、できそうかな」 ステキ。

 

「あの人本当に何もわかってないよね」 え

「全然仕事できないもんあの人、付き合いきれん」 え

「何でこんなこともわからんのかな」 え

「あの人、本当にわかってない、何も考えてないんじゃない」 え

「もう知らん」 えええ

 

光っていたら信じて 腐っていたら反面教師

Nakamura Emi / 大人の言うことを聞け

 

ちゃんと「伝えられる言葉」で伝えあっていきたい。学生時代の時から愚痴を聞くのが嫌いだった。だから、愚痴を言うのも嫌いだった。(言ってたかも知らんけど)ちゃんと自分の辛いことを愚痴みたいなことを言えるようになったのは、愛すべき人に出会えた、家族と向き合えた、ごくごく最近の話。今でも、愚痴をいうのは嫌い。それに「できない」。

 

どうせ誰も照らしてくれないなら
せめて自分の輝きだけは絶やすな
時代が悪い 景気が悪いと
愚痴で口を汚すくらいなら
自分の運命くらい自分自身で変えてやれ

MOROHA / それいけ!フライヤーマン

 

「愚痴」という言葉は、どちらも「愚か」という意味をもっている。愚痴をこぼすというのは、それだけで本当に愚かな行為であると、分かる。もとは仏教用語だったというこの言葉の本来の意味は、仏の知恵を何も知らないこと。つまり「物事をわかっていない状態」のことを指しているといえる。愚痴をいう人こそ、何もその状況を理解できていないし、しようとしていないのかもしれない。無理解の証。

そして、愚痴をこぼせばこぼすほど、無理解を露呈すればするほど、愚痴をこぼされる側の思いに気づかないほどに、少しずつ信用を失くしていくのは、言うまでもない。

愚痴でストレスを発散するという人もいるけれど、ストレスの源は、分からないという状態があること。愚痴な状態にあるひとは、その自分の愚痴という状態を口からどんどん出して普通であるように満面の笑みで「スッキリした!」という。でも、また同じ古語を繰り返す。繰り返すほどに、それが普通になっていく。でもどこか、心はくすんでいくんだろうなあ。

 

それでも不思議なことに、僕の学生時代に「あなた、自分のこと話さない(愚痴を言わない)から、あんまり信用できない」と言われたことがある。愚痴を言うこと、共通の敵を作ることで自分自身の位置を確認して仲間を作っている人たちにとってみれば、僕はとてつもなく異常な存在に映っていたよう。

今の僕は、愚痴をこぼすことはなくても、愚痴な状態かもしれない。この世の中のことを、生きていくことを本当の意味で知らない。全く分からない状態にある。

だから、大人の言うことを聞いて、この世界を知っていこう。知って、気づいて、分かって、言うことをちゃんと聞いてもらえるような、大人になろう。

 

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